「座右の銘」を木に刻むことをお勧めするために、四字熟語を中心とした「刻語」の自作例を掲載しているサイトです。

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      言葉と制作例

         2. 詩歌より

      少年易老学難成 一寸光陰不可軽






一寸光陰 いっすんのこういん ほんのわずかの時間。わずかな時間を大切にしなさいという教え。「光陰」は日や月を指し、月日や時間のこと。中学校や高校に必ず一つは置いておきたい。

少年老い易く学成り難し(しょうねんおいやすくがくなりがたし)とは、若いうちはまだ先があると思って勉強に必死になれないが、すぐに年月が過ぎて年をとり、何も学べないで終わってしまう、だから若いうちから勉学に励まなければならない、という意味。同じ出典による「一寸の光陰軽んずべからず」もことわざとして用いられる。
類似したことわざに「光陰矢の如し」、「少時に学ばざれば老後に知らず」などがある。

少年易老學難成
一寸光陰不可輕

未覺池塘春草夢
階前梧葉已秋聲

少年老い易く学成り難し
一寸の光陰軽んずべからず
未だ覚めず池塘春草(ちとうしゅんそう)の夢
階前の梧葉(ごよう)已(すで)に秋声

この出典は朱熹(朱子)の「偶成」という漢詩とされていたが、現在は諸説あって定まっていない。
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安岡正篤
寸陰を惜しむ
どんな忙人にでも、寸陰というものはある。 ちょっとした時間というものは必ずある。そのちょっとした時間をつかむのです。これに熟練をすれば、案外時間というものはあるものです。 寸陰を惜しんでやっていると、その寸陰が、長い時間と同じ、あるいはそれ以上の値打ちを生じてくる。

二宮尊徳
報徳記
是より鶏鳴に起きて遠山に至り、或は柴を刈り薪(たきぎ)を伐り之をひさぎ、夜は縄をなひ草鞋(わらじ)を作り、寸陰を惜しみ身を労し心を尽くし、母の心を安んじ二弟を養ふことにのみ労苦せり。而して採薪(さいしん)の往返にも大学の書を懐にして途中歩みながら之を誦(よう)し、少しも怠らず。これ先生聖賢の学の初なり。

吉田松陰  
●足下(そっか)誠に才あり、才あれども勤めずんば、何を以て才を成さんや。 今、歳将(としまさ)に除せんとす、学弛むべからず、一日を弛めば、将 (まさ)に大機を失せんとす。 
■あなたは誠に才能があるが、努力しなければ、そうして才能を開花できようか。今年も暮れようとしているが、学問を弛めてはならず、一日でも弛めては、大切な機会を失ってしまう。

●得難くして失ひ易き者は時なり。
■得ることが難しく、失いやすいのは時間である。

佐藤一斎
時を惜しむ
人は少壮の時にあたりては、惜陰を知らず。知ると雖もはなはだ惜しむには至らず。四十を過ぎて已後、はじめて惜陰を知る。既に知るの時には、精力漸く耗せり。故に人の学を為すには、須らく時に及びて立志勉励するを要すべし。しからざれば則ち百たび悔ゆとも亦ついに益無からん。
 

      江雪





江雪  柳宗元
千山鳥飛絶 見渡す限りの山々から鳥の飛ぶ姿が消えうせ、
萬徑人蹤滅 あらゆる小道から人の足跡も雪に埋もれて見えなくなった。
孤舟簑笠翁 ぽつんと一つ浮かぶ小舟には蓑笠姿の老人が、
獨釣寒江雪 ただ独り寒々とした川に降る雪の中、釣り糸を垂れている。

人間の孤独と天地の孤愁の風景を歌った詩とみるのが一般的であろう。が、少し踏み込んで大自然の中での人間の営みを考えると、この翁の真実としては、日々の着実な生活のリズムを刻んでいるに過ぎないと思える。自分の仕事への忠実さ、ひいてはただ一人でも、魚と戯れる楽しさ、命の触れ合う喜びの日常の姿ととらえても、あながち無理な解釈とは言えない。いずれ同じ彼岸に到る命への共感を通して魚と天地と同化している漁師、とみればここにも命の温もりと悠久の生命が感じられる。弧舟は弧愁につながるか、といえば答えは否である。
 

      青春














 中高年の「青春」を歌う。 多くの中高年がこの詩に勇気を貰った。
 ウルマンが70代で書いた詩で、彼は1840年、ドイツでユダヤ人両親の長男として誕生。両親とアメリカに移民し、後半生をアラバマ州で過ごした。教育者、またユダヤ教の精神指導者、実業家として精力的な活動をし、晩年に数編の詩をつくった。「青春」は1922年に家族が発行した詩集「80年の歳月の頂から」の巻頭詩。ウルマンは詩集発表の2年後、1924年に84歳でこの世を去った。詩は「リーダーズダイジェスト」が1945年に”How to stay young”のタイトルで掲載し、1955年、故マッカーサー元帥がロスアンゼルス講演で引用。日本では1958年、群馬県の東毛毎夕新聞に岡田義夫訳で紹介されたことから次第に世に広がりはじめた。

  青 春     サミュエル・ウルマン (岡田義夫訳)
青春とは人生のある期間を言うのではなく心の様相を言うのだ。
優れた創造力、逞しき意志、炎ゆる情熱、怯懦を却ける勇猛心、安易を振り捨てる冒険心、こう言う様相を青春と言うのだ。
年を重ねただけで人は老いない。理想を失う時に初めて老いがくる。歳月は皮膚のしわを増すが情熱を失う時に精神はしぼむ。苦悶や、狐疑、不安、恐怖、失望、こう言うものこそ恰も長年月の如く人を老いさせ、精気ある魂をも芥に帰せしめてしまう。
年は七十であろうと十六であろうと、その胸中に抱き得るものは何か。曰く「驚異への愛慕心」空にきらめく星晨、その輝きにも似たる事物や思想の対する欽迎、事に處する剛毅な挑戦、小児の如く求めて止まぬ探求心、人生への歓喜と興味。
人は信念と共に若く  疑惑と共に老ゆる
人は自信と共に若く 恐怖と共に老ゆる
希望ある限り若く  失望と共に老い朽ちる
大地より、神より、人より、美と喜悦、勇気と壮大、偉力と霊感を受ける限り人の若さは失われない。
これらの霊感が絶え、悲歎の白雪が人の心の奥までも蔽いつくし、皮肉の厚氷がこれを固くとざすに至ればこの時にこそ人は全くに老いて神の憐れみを乞う他はなくなる。

YOUTH       Samuel Ullman  
Youth is not a time of life; it is a state of
Mind; it is not a matter of rosy cheeks, red
Lips and supple knees; it is a matter of the
Will, a quality of the imagination , a vigor of
The emotions; it is the freshness of the deep
Springs of life.
Youth means a temperamental predominance of
Courage over timidity of the appetite, for
Adventure over the love of ease. This often
Exists in a man of sixty more than a boy of
Twenty. Nobody grows old merely by a number
Of years. We grow old by deserting our ideals.

Years may wrinkle the skin, but to give up
Enthusiasm wrinkles the soul. Worry, fear,
Self-distrust bows the heart and turns the spirit
Back to dust.

Whether sixty or sixteen, there is in every
Human being’s heart the lure of wonder, the
Unfailing child-like appetite of what’s next,
And the joy of the game of living. In the
Center of your heart and my heart there is a
Wireless station; so long as it receives messages
Of beauty, hope, cheer, courage and power
From men and from the Infinite, so long are
You young.

When the aerials are down, and your spirit is
Covered with snows of cynicism and the ice
Of pessimism, then you are grown old, event at
Twenty, but as long as your aerials are up, to
Catch the waves of optimism; there is hope you
May die young at eighty.
 

      咲いた花なら 散るのは覚悟




ご存知、軍歌の一節。戦争と異なる観点で虚心にこの二節を口ずさむと、別の観点が立ち現れる。人間は一度きりの人生において例外なく、死が待っている。それに対する覚悟はあるか、気持ちの準備をいつどのようにするか、その問いかけがあり、覚悟を決めるために、一人一人が自分に問いかけて生きることの大切さが現れる。この言葉と向き合って生きることで得るものは大きい。 戦争を賛美するものは誰も居ないが、Memento Mori につながる考えである。
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「同期の桜」 西條八十作詞  大村能章作曲
1. 貴様と俺とは同期の桜 
  同じ兵学校の庭に咲く
  咲いた花なら散るのは覚悟 
  見事散りましょ国のため

森信三
念々死を覚悟して、始めて真の生となる。

われわれ人間は、死というものの意味を考え、死に対して自分の心の腰が決まってきた時、そこに初めてその人の真の人生は出発すると思う。

われわれが夜寝るということは、つまり、日々人生の終わりを経験しつつあるわけです。一日に終わりがあるということは、実は日々「これでもか、これでもか」と、死の覚悟が促されているわけです。しかるに凡人の悲しさには、お互いにそうとも気付かないで、一生をうかうかと過ごしておいて、さて人生の晩年に至って、いかに歎き悲しんでみたところで、今さらどうしようもないのです。 人間も五十をすぎてから、自分の余生の送り方について迷っているようでは、悲惨と言うてもまだ足りません。

人間も死に際が悪いと、その人の一生を台なしにしますが、しかし死に際のいかんは、その人の生涯を貫く心の修養の結晶であり、その結実と言ってよいでしょう。それ故お互い人間は、平素から常に最後の場合の覚悟を固めて置かなければならぬと思うのです。

私達が、自分の生命に対して、真に深い愛惜の念を持ち得ないのは、自分の周囲に無数の人々の生死を見ていながら、しかもそれをわが身の上に思い返さないからです。さらに一歩をすすめて申せば、わが身が人間として生をこの世にうけたことに対して、真の感謝の念を持たないからでしょう。

そもそも私達が、ここに人間として、この世に生命をうけることのできたということは、決して私達の努力や計らいによるものではないわけです。すなわち私達は、自分の努力の報いとして、ここに万物の霊長たる人間としての生命をうけたわけではないのです。

この世にある間は、自分の全力を挙げてこの世の務めを尽くす。これやがて、安んじてこの世を去る唯一の秘訣でありましょう。いざという時に心残りのない道、これ真に安んじて死に得る唯一の道であります。

二宮尊徳
夜話10
夫(そ)れ人、生れ出でたる以上は死する事のあるは必定(ひつじょう)なり。長生といへども、百年を越ゆるは稀(まれ)なり。限りのしれたる事なり。夭(わかじに)と云うも寿(ながいき)と云うも、実は毛払(もうふつ)の論なり。譬(たと)えば蝋燭(ろうそく)に大中小あるに同じ、大蝋といへども、火の付けたる以上は、四時間か五時間なるべし。

夜話10
人と生まれ出たるうへは、必ず死すものと覚悟する時は、一日活きれば則ち一日の儲け、一年活きれば一年の益なり。故に本来わが身もなき物、わが家もなき物と覚悟すれば、跡は百事百般みな儲けなり。

夜話10
私が作った和歌に、「仮の身を元の主に貸し渡し、民安かれと、願うこの身ぞ」というのがある。私を初めとした総ての人にとって、この世は、僅かの間の世に過ぎないのであり、この身は永遠ではないことは、自明の理である。元の主とは、天のことである。指導者となる者は、この永遠ではない身を、わが身とは思わずに、生涯一途に世のため、人のためのみを想いながら、国のため、天下のために貢献できることだけに励み、一人でも、一家でも、一村でも貧乏から抜け出て裕福になり、土地の開拓が進み、道路や橋が整備され、人々が安心して穏やかに暮らしていけるようにと、それのみを考えて毎日の努めとして、朝夕に神仏に願い、祈って、怠らないようにしているのである。

夜話42
凡そ事は成行くべき先を、前に定めるにあり。人は生るれば必ず死すべき物なり。死すべき物と云ふ事を、前に決定すれば活きて居るだけ日々利益なり。是れ予が道の悟りなり。生れ出ては、死のある事を忘るる事なかれ。夜が明けなば暮るると云ふ事を忘るる事なかれ。 生き死にと世のはかなさをよくみれば 氷と水と名のみかはりて

報徳記
吾れ始めて、小田原より下野の物井の陣屋に至る。己れが家を潰して、田千石の興復一途に身を委ねたり。是れ則ち此の道理に基づけるなり。夫れ釈氏は、生者必滅を悟りこの理を拡充して自ら家を捨て、妻子を捨て、今日の如き道を弘めたり。只此の一理を悟るのみ。

夜話113
夫(そ)れ此の世界、咲く花は必ずちる、散るといへ共又来る春は、必ずさく、春生ずる草は必ず秋風に枯る、枯るといへ共、又春風に逢へば必ず生ず、万物皆然り、然れば無常と云ふも無常に非ず、有常と云ふも有常に非ず、種と見る間に草と変じ、草と見る間に花を開き、花と見る間に実となり、実と見る間に、元の種になる、然れば種と成りたるが本来か、草と成りたるが本来か、是を佛に不止不転の理(ことわり)と云ひ、儒に循環の理と云ふ、万物皆この道理に外るる事はあらず。

夜話134
夫れ開闢(かいびゃく)の昔、葦原に一人天降りしと覚悟する時、流水に潔身(みそぎ)せし如く、潔(いさぎよ)き事限りなし。何事をなすにも此の覚悟を極むれば、依頼心なく、卑法卑劣の心なく、何を見ても、羨ましき事なく、心中清浄なるが故に、願ひとして成就せずと云ふ事なきの場に至るなり。この覚悟、事を成す大本なり。我が悟道の極意なり。此の覚悟定まれば、衰村起すも、廃家を興すもいと易し。只此の覚悟一つのみ。

道歌
昨日より知らぬあしたのなつかしや もとの父母ましませばこそ
 

      元を質せば 裸じゃないか




「男なら」 西岡水朗作詞  草笛圭三作曲
1. 男なら 男なら
  未練のこすな 昔の夢に
  もとをただせば裸じゃないか
  度胸ひとつで 押して行け
  男なら やってみな
※裸一貫から奮闘努力して名声や資産を築きあげても、
死ぬ時は同じ裸で、何物も持たずに旅立つ。

後藤静香
過分
わたしは自分のまわりをみる/わたしの物と名のつく品の多いこと/生まれた時は何にも持って来なかった/私はどこへ行っても/知った人が沢山あって/深いご縁の方が多い/長い年月(としつき)変わりもせず/何かしらお世話になる/もったいない/こんなに恵まれて/いいのだろうか

豊富
なんたる豊富/一畳ですむものを/わたしの部屋はまだ広い/なんたる豊富/一食ですむものを/毎日三度もたべている/なんたる豊富/空気、水、光/無限の蒼穹(そうきゅう)/浩々(こうこう)たる大地/おおなんたる豊富

二宮尊徳
報徳記
無一物
本来人の生るる時は、一物も持参する者に非ず、又死する時も持ち往く者に非ず。裸にて帰る者なり。しかるを、わが物となすは、知らず、無を悟らざる人なり。

夜話10
人と生まれ出たるうへは、必ず死すものと覚悟する時は、一日活きれば則ち一日の儲け、一年活きれば一年の益なり。故に本来わが身もなき物、わが家もなき物と覚悟すれば、跡は百事百般みな儲けなり。
 

      思い直せば 愉快な世界




「男なら」西岡水朗作詞  草笛圭三作曲
2. 男なら 男なら
  七つころんで 八つで起きる
  思い直せば愉快な世界
  若い心は デカク持て
  男なら やってみな
※出典は上(元を質せば裸じゃないか)と同じ、上は一番の歌詞、これは二番の歌詞。

あいだみつを
しあわせは自分のこころがきめる

坂村真民
心一つで
心一つで楽しく/生きていることが/楽しくならねばならぬ/たとえ貧乏していても/ベッドに寝たきりでいても/心一つで/楽しくなれるものだ/光が射してくるものだ/人々の幸せのために/湧出してこられた/仏さまがたが/手を差しのべていられるのだ/しっかりおん手を握って/生きてゆこう

森信三
同じく人生でありながら、一方にはこれを興味津津として見る人もあるかと思えば、他方には、これを苦しみの連続と見る人もあるのは何故でしょうか。これはマア色々と考え方もありましょうが、一面から申せば、この人生が苦の世界と見えるのは、畢竟はまだ自分の「我」に引掛っているからでしょう。
ところで「我」に引掛っているとは、言い換えれば、常に自分の利害を中心にして、人のために尽くすということの分からない人間ということでしょう。つまり自分の利害はよく分かるが、他人の利害については、とんと気がつかぬというわけです。

後藤静香
見方
人生は面白くないという/面白くないことばかり/探しているのだもの/人生は思い通りにならぬという/万人の思い通りになったら大変だ/人間はわるいもの/つめたいものという/つめたいところばかりに/ふれているのだもの

眼は前へ
七へん倒れたら/八へん起(た)て/日が入れば/月が出る/花は散っても/果(み)をむすぶ/眼は前へ/前を見よとて/前につく

ただ一つ
人生は/楽しいもの/単純なもの/一本道しかないもの/無くて叶うまじきものは/ただ一つ/それをしっかり握って/その一本道を/まっすぐに わき目もふらず/歌をうたって進むもの

中村天風
この世の中は
この世の中は、苦しいものでも悩ましいものでもない。この世は、本質的に楽しい、うれしい、そして調和した美しい世界なのである。

不平不満を口にしない
どんな場合があっても不平不満を口にしないこと。この不平不満が心の中にあると、どうしてもその言葉が積極的になりません。 不平不満のある人は、しじゅう上ばかり見て、下を見ないで居る。はたはみんな幸福で、自分だけがこの世の中で一番不幸な人間のように考えている。この考え方から出てくる言葉は、必ず未練であり、愚痴であり、もう価値の無い世迷いごとだけであります。

人生は極楽か地獄か
人生は心であり、観念であります。これこそが、あなた方の人生を極楽にもし、また地獄にもすることができうる、唯一のものなんです。 いいですか、よく考えてください。「極楽だ、地獄だ」と感じているのは、あなた方の心でしょう。あなた方の心が地獄だと感じれば地獄になってしまうんですよ、あなた方の人生が。ですから何かがあれば、「ああ、たのしいな」「ああ、うれしいな」って思うようにすればいいんですよ。
人生は苦の娑婆だなんて言ってるのは悟りを開けない奴が言っている寝言てすよ。 生きる正しい方法を知って生きたら、人生ぐらい愉快な、人生ぐらい恵まれた、人生ぐらいありがたいものはないんですもの。 結局、心が人生を感じる感じ方でそのまま極楽にもなり、地獄にもなるわけだ。 そこで、心に極楽を感じせしめて生きようとするには、心の中を掃除しなければだめなんです。クリーニングしなきゃだめなんですよ。それが「観念要素の更改」というんです。

幸福のるつぼの中で生きる
自分の住む現在の人生環境や、また世界を、いやらしいとか、いとわしいとか思うような人、あるいは健康に快さを感じない人があったら、その人くらい不幸を人生に感じている人はないといえる。 反対に、現在の自分の住む世界や環境が、たとえ他人から見てそう大したものではないと思われるようなものでも、自分が心の底から本当に満足し、感謝して活きているとしたら、その人は終始一貫、幸福のるつぼの中で恵まれて活きている人である。

不運だと思えば不運になる
あなた方の心の中の考え方や思い方が、あなたたちを現在あるがごときあなた方にしているのであります。だから、俺は体が弱いと思ってりゃ体が弱い。俺は長生きできないと思ったら長生きできない。俺は一生不運だと思えば不運だ。 自分の念願や宿願、やさしく言えば、思うことや考えることがかなう、かなわないということは、それが外にあるんじゃないよ。あなたたちの命に与えられている心の思いよう、考え方というもののなかにあるんだよ。

人生を立体的に観察する
生活に負わされている負担とか犠牲という方面のみを考えると、およそ人間の生活くらい苦しく、つらく、悩ましいものはないと思われよう。 しかし、もっともっと立体的に人生というものは観察すべきである。すると、期せずして生活の範囲の広いことと同時にその内容が、ちょうど精巧な織物のように、極めて複雑な色模様でちりばめられていることを直感する。そして、その直感なるものが、生活の中から、相当楽しく、面白く、スウィートだと思えるものを、かなり量多く見出してくれるのである。

菜根譚
後集109項
●人生福境禍区、皆念想造成。故釈氏云、利欲熾然、即是火坑、貪愛沈溺、便為苦海。一念清浄、烈焔成池、一念警覚、船登彼岸。念頭稍異、境界頓殊。
可不慎哉。
○人生(じんせい)の福境禍区(ふくきょうかく)は、皆(みな)念想(ねんそう)より造成(ぞうせい)す。故(ゆえ)に釈氏(しゃくし)云(い)う、「利欲(りよく)に熾然(しねん)ならば、即(すなわ)ち是(こ)れ火坑(かこう)なり。貪愛(とんあい)に沈溺(ちんでき)すれば、便(すなわ)ち苦海(くかい)と為(な)る。一念清浄(いちねんせいじょう)なれば、列焔(れつえん)も池(いけ)と成(な)り、一念警覚(いちねんきょうかく)を覚(かく)すれば、船(ふね)彼岸(ひがん)に登(のぼ)る」。念頭(ねんとう)稍(やや)異(こと)なれば、境界(きょうかい)は頓(とみ)に殊(こと)なる。慎(つつ)しまざるべけんや。
■人生に於ける幸不幸の境界は、全て心が作り出している。だから、釈尊は「欲望が燃え盛れば、そこは焦熱地獄であり、愛着心に沈み込めば、救いの無い苦界となる。思いが清く正しければ、燃え盛る炎は涼しげな池に変わり、貪る心は一旦悟れば、苦界を渡っていた舟は彼岸の世界に辿りつける」心の持ち方が少し変わっただけで、立場は不幸から幸福に変る。謹むべきである。つまり、人間の幸不幸は、欲望の有無に従い同じ事象が起きても簡単に変動してしまうので、欲望を持つ事は謹みましょうと言っている。言い換えれば、達人は、欲望を超越した人間の代名詞なのだ。

マルクス・アウレリウス
われわれの人生とは、われわれの思考が作りあげるものに他ならない
Our life is what our thoughts make of it
 

      心にゃ夜はない いつも夜明けだ




作曲は「がんばろう」の曲で有名な荒木栄。三井鉱山三池製作所の労働者で、当時の三池闘争時代から数々の曲を作曲した。3番の「そうだ今日もがんばろう」のところはこぶしを突き出しながらの合唱。

心はいつも夜明けだ     作詞 永山 孝

夕陽が汚れた 工場の屋根に
沈めば俺達ゃ 街に散らばる
若者や娘達の 胸に火をともしに
 
心にゃ夜はない いつも夜明けだ
 心にゃ夜はない いつも夜明けだ
 2
朝日が汚れた 工場の窓を
照らせば俺達ゃ 職場に散らばる
若者や娘達の 胸が曇らぬよう
 
※青字部分くりかえし



若い頃、仲間と歌ったという方も多いと思う。高度成長期のとば口で、将来に不安を感じることもなく、右肩上がりの一生しか見え難い時代だった。この歌詞は今思えば脳天気のそしりを免れがたい。心が暗くならない人はいないだろう。うちしおれ、悩みに沈んだ末に思い直してまた立ち上がろうとするのだ。同様に労働歌として歌われた歌に「俺たちゃ若者」(窪田聡作詞)があり、下のような歌詞(2番)がある。

俺たちゃ若者/クヨクヨするな/幸せ作る力/それが若者/サァ!がんばろう/もうすぐだ!/そうだ/肩を組もう/そうすりゃ/夜明けが近い/空が晴れる

まだ、こちらの方が人間らしい味がある。暗くなったことを自覚して、明るくしようと心をかき立てるという意味で。
「心はいつも夜明けだ」の言葉は脳天気だが、現状が暗い場合はこんな言葉で打ち消しながら、気分転換を図って、否定的・消極的な、暗い気持ちを一掃するのも精神を保つための大切な一つの工夫だ。
「夜明け前の闇が最も深い」。だから、今は最悪でも明るい朝は来る、という同類の言葉で元気や正気、希望を取り戻せることもある。


      真理 人生 ああ青春




サミュエル・ウルマン「青春」が好きで人にもお奨めしているが、どちらかといえば、中高年者向きにできていて、その年齢の人達の共感を呼ぶ詩だ。
それに対して、普通の若者の青春を歌った詩も併記すべき、と思いピックアップしたものがこれ。古い!が心にあったもの。今では無名に近いものと思うが、何よりもまず「刻む言葉」が出てくるのがよい。 真っ只中の「青春」が歌われている。 昔(昭和40年)のテレビドラマ、「青 春をぶっつけろ」の主題歌。大学の柔道部を舞台に 、三人の青年たちの友 情を描いた青春ドラマ 。 黒沢年男、いしだあゆみが出ていたそうだ(ドラマを見た覚えは曖昧)。この主題歌が頭から離れないのは当時受けた印象の強さを示している。
三つの言葉。感激性豊かな言葉を散りばめた、若き「青春」が歌詞に凝縮されている。これは物理的面をも代表する青春の様相だ。
 青春をぶっつけろ  作詞:いずみたく 作曲:はざまたけし 唄:ボニージャックス
  昨日見つけた机の端に
  誰が書いたか三つの言葉
  真理、人生、ああ青春
  刻んだ奴の心根が
  今偲ばれて 我が胸の
  ああ、我が胸の血が滾る

真理とは何か?人生とは何か?青春の真っ只中で、何を目指して生きればよいのか。生きる目的は?自分はどのように生きるのが正しいか?これらの疑問に取り組んでいる若者の心を歌ったもの。答は個人個人が自分で生きて見つけるしかない。一つの答は「青春」の詩にも歌われている。 これも机上に「刻んだ」ものだからその努力の心根がしのばれる。書いただけよりも、刻むことの重さがあると思いたい。
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安岡正篤
青年の精神
おとなを恥じさせるような純真さ、若々しい情熱と気魄、不羈奔放な理想と寝食も忘れる勉強ぶりと偉大な人物に私淑し、万巻の書を読み、師友を求め、名山大川に遊び、酔生夢死にあきたらず、何か感激に死のうとするようなやむにやまれぬ魂こそ青年の尊い精神である。

大努力
秀れた者となるためには、人の数倍の努力と苦労をしなければならない。人の寝るところは半分にし、人の食うところは半分くらいにしても、努力するところは人の十倍も二十倍もやるだけの元気がなければならぬ。
二十歳前後や三十歳前後は、いくら努めても疲労などするものではない。心身ともに旺盛な時である。まかり間違って病気になったり死んだりすれば、その時は天命と諦めるのである。学徒が学問のために死ぬのは本望ではないか。

新鮮
人間は何事によらず新鮮でなければならない。ところがいかにすれば新鮮であり得るかといえば、やはり真理を学んで、真理に従って生活しなければいけない。もっと突っ込んで言えば、人間としての深い道を学ぶ。正しい歴史伝統に従った深い哲理、真理を学び、それに根差さなければ、葉や花と同じことで、四季に従って常に魅力のある、生命のみずみずしさを維持してゆくことはできるものではない。

中村天風
人生をむずかしく考えない
人生を、あまりむずかしく考えないほうがよい。むずかしく考えるとわからなくなる。真理は足もとにある。高遠な学理の中にあるのではない。 もとより軽率な考え方ではいけないが、なまじ学問をした人は、真理は遠く大海の底、深山幽谷の奥山にあるような思い違いをすることが多い。人間それ自体の生命存在を、思索の中心において考えれば、大きな的はずれをしないですむはずである。 人間の心のあり方が、結局人生を支配する法則の根本である。

世の先覚者として
今や、世はまさに複雑混沌の時勢である。そして、正当の人生自覚をもたぬ人々は些細なことにも心の平静を失い、憤怒の激情や煩悶や憂鬱の劣情に陥りやすい。 したがって、すなわちこのときこそ、人生真理をよく理解し、かつ尊重するわれらが人の世の正しい先覚者となって、できる限り平和に活きる人生のときの長からんことこそ、真の人生の本来の面目であることを、事実の行為を模範として明示すべきである。またそれをわれらの最高の理想とすべきである。
 

      この秋は雨か嵐か知らねども 今日のつとめの田草とるなり




二宮尊徳
道歌
この秋は雨か嵐か知らねども 今日のつとめの田草とるなり

いまやるべきことをやる。人生はこれに尽きる。先行きの不安の克服もこれが基本となり、この姿勢を当然のことと受け容れ、実践することが原点と言える。


 

     祝婚歌





祝婚歌  吉野 弘
二人が睦まじくいるためには愚かでいるほうがいい/立派すぎないほうがいい/立派すぎることは/長持ちしないことだと/気付いているほうがいい/完璧をめざさないほうがいい/完璧なんて不自然なことだと/うそぶいているほうがいい/二人のうちどちらかが/ふざけているほうがいい/ずっこけているほうがいい/互いに非難することがあっても/非難できる資格が自分にあったかどうか/あとで疑わしくなるほうがいい/正しいことを言うときは/少しひかえめにするほうがいい/正しいことを言うときは/相手を傷つけやすいものだと/気付いているほうがいい/立派でありたいとか/正しくありたいとかいう/無理な緊張には/色目を使わずゆったりゆたかに/光を浴びているほうがいい/健康で風にふかれながら/生きているなつかしさに/ふと胸が熱くなる/そんな日があってもいい/そして/なぜ胸が熱くなるのか/黙っていても/二人にはわかるのであってほしい
出典: 
第六詩集(詩画集)「風に吹かれて」/おしゃべりポエム 風の記憶 著書吉野弘

姪の結婚式に出席できない詩人が送ったもの。原題は『祝婚歌』でなく『・・夫妻に』(・・は姪御夫妻の名前)だったそうだ。当時詩人は40代後半、姪夫妻にいい夫婦でいてほしいという願いを伝えたかったこと、自分にも言っておきたかったこと、奥さんへのお礼も言いたかったとの制作コメントがある。

刻語は次男の結婚式に刻んで渡したもので、三角柱の二面には四字熟語の「比翼連理」と「百年偕老」を刻んだ。
 

     昭和維新の歌・青年日本の歌








「青年日本の歌 (昭和維新の歌)」 唄 鶴田浩二
作詞 三上卓 (5・15事件の叛乱将校。海軍中尉)

六、天の怒りか地の声か
  そもただならぬ響あり
  民永劫(たみ えいごう)の眠りより
  醒めよ日本の朝ぼらけ


九、功名何ぞ夢の跡
  消えざるものはただ誠
  人生意気に感じては
  成否を誰かあげつらう


[曲について]
 作者の三上卓が土井晩翠の詩集『天地有情』に収められた諸篇(特に「星落秋風五丈原」)および大川周明の「則天行地の歌」からの引用を相当多く使ってつくりあげた歌詞で、創作と言えるかどうかという点で疑義がある。
また、問題は軍人が「成否」を考えずに行動するのは許されない暴挙であったのも確かだ。
ただ、このような成り立ちと使用の問題はさておいて、歌われている内容には心を揺さぶられるものがあるのも事実で、文学上の浪漫主義から来るものもあるし、現代このような直截的表現がなされなくなって久しく、懐旧の情を抱かせる部分も大きい。
その行動自体は愚かであったが、感情は純粋ですばらしかったという評価もあるが、その感情の暴走した先走りがその後の日本の行動を縛ってしまったという点で、行動自体が是とされることがないのは歴史の定評となっている。
ただ、今の世にもエンジンとなるこの感激の上に、議論と精査を重ねた実行計画ができれば、誇りの持てる国になろうかと思う。
戦後レジームを終焉させるべき今、覚醒が急がれるのは"徴兵復活"なとどと現実を見ずに、思考を停止している「護憲左翼」も「親米保守」も同様。自主防衛の茨の道を歩き始めなければ、将来にわたって日本人の誇りを維持していくことは難しいと思う。

「民」の文字は元々眼を針で突いて見えなくした奴隷、を意味した。見えないから一部の人の支配下におかれるのが元々の民である。真実を見ることを無意識の内に拒否してきた。眠っていた方が、真実に目覚めて悩む必要がないからそうした面もある。覚醒したあとの辛い現実、朝を迎えたくない気持ちもわからないことはない。しかし、外には現実を見つめて着々とそれに対応している国があり、世界がそうだ。いつまでも思考停止で温い眠りをむさぼっていると、崩壊に歩を進めることになる。

     旅はまだ終わらない







ヘッドライト・テールライト
作詞・作曲:中島みゆき

語り継ぐ人もなく/吹きすさぶ風の中へ/紛れ散らばる星の名は/忘れられても

足跡は降る雨と/降る時の中へ消えて/称える歌は/英雄のために過ぎても
行く先を照らすのは/まだ咲かぬ見果てぬ夢/遥か後ろを照らすのは/あどけない夢
ヘッドライト・テールライト 旅はまだ終わらない (※この行くりかえし)

小林秀雄の言葉と言われている。「人は死へ向かって一歩一歩歩いていくだけである。オギャアと生まれた瞬間から死への旅人なのだ」

バラク・オバマ米国大統領の二期目の就任演説(2013/01/21)に以下のフレイズが多用されている。この旅とは人生行路でなく、業績、成果を表している違いはある。
「終わることのない旅は続いている」Today we continue a never-ending journey
「私達の旅は(種々の目標が達成されるまで)終わらない」Our journey is not complete until xxxxx

たまたま、中島みゆきの歌詞とオバマのスピーチが同じ表現なだけだが、この表現は人の感性を刺激する。
ニュアンスは違うが、人生を旅ととらえるのは世界中同じようだ。
険しい近道をとることがあると思えば、遠回りした道が必ずしも平坦でなかったり、人それぞれ選択の異なる、自分で道を選びながら、寿命の尽きるまでは歩き続ける。目的地を定めて走ることもあれば、風に吹かれるままに流れ、当てどない場所でねぐらを得ることもある。自信満々で急ぐ人よりも、この道でいいのだろうかと首を傾げながら歩いている人の方が多いのではないか。曲がり角で立ち止まって、ベストの道を手探りで探しながら先へ進んでいく。
荒波をかぶったかと思えば、凪いだ海を順風にまかせて滑ることもあるが、結局その場その場で生きていて、その命を永らえる以上は、過ぎていく時間を楽しむことが上策となる。仮に不幸にぶつかり、苦しみ悩む事態に立ち至った場合、辿って来た道を振り返って後悔にさいなまれるかもしれない。だが、結局旅が終わらない以上は、また手を動かし舟を漕ぎ、歩を進めて無理やりにも先にいくしかない。そんな時、「旅はまだ終わらない」とつぶやいたり、歌ったりすればすこし元気が沸いてくる。お互い楽しい旅になることを願いたいものだ。
 

      散る桜 残る桜も 散る桜




「散る桜 残る桜も 散る桜」

江戸時代の曹洞宗の僧、歌人の良寛和尚の辞世の句と言われている歌。意味は、「今どんなに美しく綺麗に咲いている桜でもいつかは必ず散る。そのことを心得ておくこと。」

限られた「命」を充実したものにし、悔いを残すことなきように自覚して生きることが大切と教える。

親鸞聖人の得度の時に詠まれたという「明日ありと思う心のあだ桜 夜半に嵐の吹かぬものかは」という類似した発想で命を歌った歌がある。「明日があると思い込んでいる気持ちは、いつ散るかもしれない儚い桜のごとし。夜に嵐が吹こうものならもう見ることはできない。」

仏教で仏を供養するために華を散布することを「散華」というが、転じて死亡する、若くして戦死することの婉曲表現として使われる。「散る桜 残る桜も 散る桜」という同題名の鶴田浩二の歌があり、これは大東亜戦争末期の神風特攻隊の心情になぞらえた歌詞になっている。軍歌「同期の桜」も命を桜に喩えた歌詞。


     僕達の番が来た 今度は励ます番が来た

1991年の雲仙普賢岳の噴火・火砕流で地域が被災した、長崎県島原市立第五小学校の6年生が、2012年3月11日東日本大震災一周年のNHK TVの特集番組で、自分達で書いた下の詩を作曲・合唱した。歌や集団行動の子供につきものの、はしゃぐ姿や笑顔も見られなかったのは印象深いことだった。おりしもこの日は日本中が鎮魂を祈った日。日曜日の昼下がり、視聴されて心を動かされた方も多かったことだろう。
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「20年前の手紙」

  20年前のことです 手紙をもらいました
  一枚一枚あったかい がんばっての手紙
  今この街安中は 緑があふれてます
  災害があったことなんて信じられないくらい
 ※僕達の番が来た 今度は励ます番が来た
  20年前にもらった手紙忘れないから

  元気を出してくださいと やさしさがあふれる
  20年前の手紙だけど 伝わってくるよ
  今この街島原は 笑顔があふれてます
  焼け残った樹の根元 新しい芽が出ます
 ※僕達の番が来た 今度は励ます番が来た
  20年前にもらった 手紙忘れないから

  僕達の番が来た 勇気を出してさあ進もう
  20年前にもらった手紙と同じように
  僕達の番が来た 勇気を出してさあ進もう
  20年前にもらった手紙と同じように
  手紙と同じように
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聞いていて不意に涙が湧き、喉の奥から感情が衝き上がってきた。その場に家人が居なければ、号泣を解放したかもしれない。泣いてもいいじゃない、泣くのは恥ではなかろうに、というが、習慣から声を漏らすことなく押し戻した。素直になれない、未熟者である。
昔から小学生の合唱には心揺さぶられる人間だったが、想定外レベルで決壊寸前まで来た。単に歳で涙もろくなっただけかもしれない。しかしなぜ、この歌が自分に強い感動を惹き起こしたか。

  僕達の番が来た
  今度は励ます番が来た


歌のこころをこのように理解した。
僕達が生きて輝く番が来た。今ここにあふれる力を、力なく落ち込んでいる人達のために分かち合いたい。そのように寄り添って人は生きていく。支えられたり支えたり、お互い様。水が高所から低きに流れるように、人の命や元気も必要とする相手に伝わっていく。幸せな人が、難渋する人に施すのは自然の流れで、とりたてて美徳や美談ではない。
焼け残った木の根元から若い芽が出てすくすく伸びる。命は循環し、人は生きて死に、死んでまた生きる。一粒の種が死ねば新しい芽が出る。「落地生根」だ。

今度は僕らが生きる番が来たと、歌は生死流転をも歌う。巡って来た命の順番を大切にして生きていこう、という宣言ととれる。
災害に遭遇した街であろうが、あるまいが、手紙を貰っていようがいまいが、この言葉はあの大震災を前に立ち尽くした人間に共通の感覚ではないか。この歌詞を全国に展開できるのは、この六年生達だが、大多数の一般人も、幸せな毎日を生きてきた人、さして幸せの自覚もない生活者も、この心を自覚することは不思議でない、それ程の出来事だった。幸せの意識が高い人達ほど「今度は励ます番が来た」と感じてほしい。この「僕達」を、何十年か前に命をもらった私やあなたに置き換えることができる。

「四海兄弟」の思い、どこにいても人間は兄弟という。6年生の歌声に触発され、被災者に寄り添う気持ちが湧いたのか。自分の涙で自分を浄化したいと感じたのか。手紙を貰った時はこの世に生を受けてなかった小学生たちが健気にも、自分達の番が来たと歌っている。

仏教で「廻施」(えせ)という。施しを廻す、与えたり頂いたりする、これは生きていくうえで最も大切な行為の一つだ。施すというと、傲慢と受けとる人が居るかもしれないが、本来の意味は逆だ。人に与えて自己満足を味わうのでなく、人に貰って頂くことが、自分の一部を解放する、自己救済と考え、与えることが頂くこと。だから施した相手に感謝の拝礼をする。ボランティアなどもこの意識を被災地にはいる心構えとすればよい。だから声高に「励ます番がきた」と叫ぶのではなく、静かに励まして感謝する。そんな支援がいい。それが輪のように世代を経て廻っていくと思う。

そこで自分に何ができるのか、何をしてきたかと考える時、この歌を歌い、手紙を書くであろう小学生に比べて、70代に入ろうかという自分は貢献度も乏しく忸怩たる思いにかられる。だが、まだ復興の先は長い。自分は今慌ててもしょうがない。分をわきまえつつできることに取り組むしかない。
この大震災を忘れないということがまず大切だ。忘れないためには言葉として残しておくことだ。詩の一部を刻み、座右に置く。感動した言葉を自分のものにする手段としてきた。「刻語」を始めてもう十数年。
3.11から一年たって今回初めて言葉で震災に対する思いの一部を表し、発信。この歌に心を揺さぶられたことがきっかけであり、島原第五小学校の皆さんに敬意と感謝の気持ちを表明する次第。
 



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