「座右の銘」を木に刻むことをお勧めするために、四字熟語を中心とした「刻語」の自作例を掲載しているサイトです。

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   ホーム > 言葉と制作例 > 四字熟語 91-2/2 【落地生根・含笑入地・已後而死・有終完美・死処作主】
 
     「言葉と制作例」 四字熟語
   落地生根(らくちせいこん)





いやしくもわが身の上に起こる事柄は、そのすべてが、この私に
 

    含笑入地(がんしょうにゅうち)





含笑入地 がんしょうにゅうち

安心大悟して死ぬ。笑いながら、ゆうゆうと死んで土に帰っていくということ

坂村真民
終わりを美しく
落下埋没してゆくからこそ/木々はあのように/おのれを染めつくすのだ/ああ/過去はともあれ/終わりを美しく/木々に学ぼう
森信三
死の覚悟とは―いつ「死」に見舞われても、「マア仕方がない」と諦めのつくように、死に至るまでの一日一日を、自分としてできるだけ充実した「生」を生きる他あるまい。

松下幸之助
死も生成発展
私は、人生とは“生成発展”、つまり“日々新た”の姿であると考えています。人間が生まれ死んでいくという一つの事象は、人間の生成発展の姿なのです。生も発展なら死も発展です。
人間は、今まで、ただ本能的に死をおそれ、忌みきらい、これに耐えがたい恐怖心を抱いてきました。人情としては無理もないことと思います。
しかし、われわれは生成発展の原理にめざめ、死はおそるべきことでも、悲しむべきことでも、つらいことでもなく、むしろ生成発展の一過程にすぎないこと、万事が生長する一つの姿であることを知って、死にも厳粛な喜びを見出したいと思います。

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生まれた時は泣いてこの世に出てきた。死ぬ時は笑って死にたいと思う。この言葉最初はなんとなくピントがずれてるんじゃないかという感じをもった。その間の人生をスキップしているのでは、というのがその感じの原因であろう。笑って生涯を過ごして来たなら、特に死に際の一点にこだわらなくてもいいのでは、と思えたからである。
しかし、泣いて生まれた事実をさておいても、笑って死ぬということはできればそうしたい気がするのも事実。やはり、この点を課題として暖めておくのもよさそうだ。
 

   已後而死(ししてのちやむ)




人の道を追求することにおいて、命ある限り努力し続けることを言う。死んで初めて務めがおしまいになるの意。

坂村真民
叫び
天才でない者は/これからだ/これからだと/叫び続け/言い続け/息絶えるのだ

森信三  
われわれ人間は「生」をこの世にうけた以上、それぞれ分に応じて、一つの「心願」を抱き、最後のひと呼吸(いき)までそれを貫きたいものです。

松下幸之助
寿命を知る
人間に寿命があるように、われわれの仕事にも、それがいつのことかわからないにしても、やはり一つの寿命があると言えるのではないかと思う。しかし、だからといって、努力してもつまらない、と放棄してしまうようでは、人間言うところの天寿を全うせしめることはできない。これはいわば人間はやがて死ぬのだからと、不摂生、不養生の限りを尽すのと同じであろう。 それよりもむしろ、いっさいのものには寿命がある、と知った上で、寿命に達するその瞬間までは、お互いがそこに全精神を打ち込んでゆく。そういう姿から、大きな安心感というか、おおらかな人生が開けるのではないかと思う。

二宮尊徳
逸話集
翁は病後なお衰弱が甚だしかったので、家人はこれを心配して、しきりに療養をすすめられると、翁は頑としてこれをしりぞけ、「いやしくも身公命を奉じて民衆を率いるもの、たとえ病を養うとは云え、安眠美食をむさぼるのは、予が主義の許す処ならず、予は斃れて後止むものなり」と云われたとのことである。

吉田松陰
●凡そ学問の道死して後(のち)已(や)む。若(も)し未だ死せずして半途 (はんと)にして先(ま)づ廃すれば、前功(ぜんこう)皆棄つるものなり。学と云うものは進まざれば必ず退く。故に日に進み、月に漸(すす)み、遂に死すとも悔(く)ゆることなくして、始めて学と云うべし。
■大体、学問というものは、死ぬまで継続すべきものである。もし、死んでもいないのに、途中で止めてしまえば、それまで努力して得たものは全て捨ててしまったこととなる。学問というものは、進まなければ、必ず後退するものである。ゆえに、日に進み、月に進み、その結果、死ぬとしても後悔する事がないようになってこそ、初めて学問と言うべきである。

●一月(ひとつき)にして能くせんば、則ち両月にして之れを為さん。両月にして能くせんば、則ち百日にして之を為さん。之を為して成らずんば輟(や)めるざるなり。
■立てた志は1ヶ月でできなければ、2ヶ月かけても成し遂げたい。2ヶ月でも できなければ、100日かけても成し遂げたい。いくらやってもできなければできるまで絶対に止めない。

●鞠躬(きっきゅう)力を尽し、死して後已むのみ。
■志を立てて始めたことは、全身全霊を尽して行い、やめるのは死んだ後だけである。(できるまでは決してやめない。)
 

   有終完美(ゆうしゅうかんび)





有終完美 ゆうしゅうかんび

何事も終わりが肝心であること。最後まで物事を立派にやり遂げること。「有終」は、「終わり有り」で、終わりをまっとうする意。

坂村真民
終わりを美しく
落下埋没してゆくからこそ/木々はあのように/おのれを染めつくすのだ/ああ/過去はともあれ/終わりを美しく/木々に学ぼう

安岡正篤
終りを全うする
宇宙が永遠であるように、人生も永遠でなければならん。 永遠であるということは、その途中を受け継いでゆく人がよく終りを全うしてゆくということであります。 終りをまっとうしなければ、次の者は始めることができません。 従って終りを全うするということは、どこまでも続けてゆくということであり、よく永遠であるということに外ならない。
 


   死処作主(ししょさくしゅ)





※注:これは造語であり、伝統的な四字熟語ではありません。

死に臨んでも自分が主人公となって死期を司り、感謝の言葉とともに大往生を遂げたいもの。随所作主の応用版とも言えるが、特に死に面しての心得を工夫するヒントになる。

坂村真民
ねがい
いつかは/その日がくる/その日のために/一切が生きているのだ/飛ぶ鳥も/咲く花も/その日は/明日かも知れない/いや/その日の/夕方かも知れない/それゆえ/その日は/つゆくさのつゆのように/うつくしくかがやきたい

用意
お呼びがあったら/いつでも行ける用意をしておこう/そう自分に言い聞かせておりながらも/なかなか出来にくいものである/ことしも木々に花が咲き実がみのったが/いつになったらわたしは/自己放棄ができようか/椎の木の林に来て/椎の実の落ちる音を聞く
 



主な引用の出典
著 作 者 書 名 出 版 社  
坂村真民 『坂村真民一日一言』 人生の詩、一念の詩 致知出版社
安岡正篤 『安岡正篤一日一言』 心を養い、生を養う 致知出版社
森信三 『修身教授録 一日一言』 
『森信三・魂の言葉』 二度とない人生を生き抜くための365話 
致知出版社
PHP研究所
松下幸之助 『松下幸之助「一日一話」』 仕事の知恵 人生の知恵 PHP研究所
後藤静香 『権威』 珠玉の言葉があなたを変える 善本社
中村天風 『中村天風一日一話』 元気と勇気がわいてくる哲人の教え366話 財団法人天風会
吉田松陰 『吉田松陰一日一言』 魂を鼓舞する感奮語録 致知出版社
二宮尊徳 『二宮尊徳一日一言』 心を耕し、生を拓く 致知出版社
佐藤一斎 『佐藤一斎一日一言』 「言志録」を読む 致知出版社
洪自誠 『菜根譚』



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