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   ホーム > 言葉と制作例 > 四字熟語 61-1/2 【初志貫徹・風樹之歎・死中求活・唾面自乾・捲土重来】
 
     「言葉と制作例」 四字熟語
   初志貫徹(しょしかんてつ)





初めに思い立った志や願い事をくじけずに最後まで貫き通すこと。

初めに思い立った願望や志をくじけずに最後まで貫き通すこと。「初志」は初めに持っていた考え、希望。「貫徹」は貫き通すこと。

菜根譚
●彼富我仁、彼爵我義。君子固不為君相所牢籠。人定勝天、志一動気。君子亦不受造物之陶鋳。
○彼は富(ふ)なれば我は仁(じん)、彼は爵(しゃく)なれば我は義(ぎ)。君子固(くんしもと)より君相(くんそう)に牢籠(ろうろう)せられず。人定(ひとさだ)まれば天に勝ち、志一(こころざしいつ)なれば気を動かす。君子亦(くんしまた)造物(ぞうぶつ)の陶鋳(とうちゅう)を受けず。
■彼が財力で来るなら、自分は人格で対抗し、彼が名誉で来るなら自分は正義で対抗する。正しく人の上に立つ者は、元来、財力や名誉には取り込まれない。人も心が安定すれば、自然現象にも勝り、人の志を集めれば、天の気すら動く。正しく人の上に立つ者は、元来、鋳物や焼き物の型にははまらない。つまり、物の豊かさより、心の正しさの方がはるかに価値があるということ。

前集91項
●天薄我以福、吾厚吾徳以?之。天労我以形、吾逸吾心以補之。天阨我以遇、吾亨吾道以通之。天且奈我何哉。
○天、我を薄くするに福を以ってせば、吾、吾が徳を厚くして以って之を?(むか)えん。天、我を労(ろう)するに形を以ってせば、吾、吾が心を逸して以って之を補わん。天、我を阨(やく)するに遇(ぐう)を以ってせば、吾、吾が道を亨(とお)らしめて以って之を通ぜしめん。天も且つ我を奈何(いかん)せんや。
■天が私にわずかな幸福しか与えないなら、私は私の徳行を高くすることで対処しよう。天が私に苦労を与えるなら、私は私の心を鍛えあげて調和させよう。天が私に災いに出合わせるなら、私は私の信じる道を貫いて天に通じさせよう。例え天であれ、私の信じる道に対し何も出来ない。つまり、どんな境遇や状態でも、自分の信じる道を貫こうといこと。
 

    風樹之歎(ふうじゅのたん)





父母が亡くなって、もう孝行ができなくなつたことを嘆くこと。
出典は『韓詩外伝』。「樹静かならんと欲すれども風止まず、子養わんと欲すれども親待たざるなり」から。子が養いたいと思っても親はそれを待たないで死んでしまうの意。

坂村真民
われに母あり
われに母あり/人生の/生きゆく力/純情(まごころ)を/愛の翼で/はげまして/じっと諭して/下さった/じっと諭して/下さった/母の姿に/泣けてくる

昼の月
昼の月を見ると/母を思う/こちらが忘れていても/ちゃんと見守っていて下さる/母を思う/かすかであるがゆえに/かえって心にしみる/昼の月よ

母の教え
仏の教えの根本は大悲である。大悲こそ世尊の教えの母体なのである。そういうことを母は小さいわたしに、無言で教えてくれた。わたしが今日信仰をしっかりと持つことのできたのは、深く掘りさげてゆくと、いつもここにやってくる。
わたしは世の若い母親たちに告げたい。それは幼い子になにを刻みつけてくれるかということを。つまり三つ子の魂のなかに、なにを注ぎ込んだかということを。

美しい母
そういう母の思い出のなかで/わたしが今も忘れないのは/乳が出すぎて/乳が張りすぎてといいながら/よく乳も飲まずに亡くなった村びとの/幼い子たちの小さい墓に/乳をしぼっては注ぎしぼっては注ぎ/念仏をとなえていた母の/美しい姿である/若い母の大きな乳房から出る白い乳汁が/夕日に染まって/それはなんとも言えない絵のような/美しい母の姿であった

安岡正篤
孝心
人として生まれ出でた子がその親に対しておのずから催す感恩報謝の情意を、実に「孝心」、あるいは単に「孝」と言う。孝こそは我々がその最も直接な造化に対する帰順合一であり、孝によって我々ははじめて真の意味における人となり、あらゆる道徳的行為はここより発する。真に孝は徳の本であり、教えのよって生ずるところである。

親子の道
人倫の根本が親子の道に在ることは言うまでもない。従って子の親に対する孝心は、人類社会を維持し発達せしめる一番尊いはたらきである。
在る時は在りのすさびに憎いこともあろう。無くてぞ人の恋しきは人情の機微である。父母に死に別れて、却って切に父母の温容を憶い、慈音を偲び、生前の趣味や理想を考え、敬慕の情をいや増すと共に、平生みずから父母に何の報ゆる所もなかったことや、今もなお父母の期待に一向添い得ぬ身の不肖をば恥じおそれ、せめてもの心ばかりの供物を霊前に捧げ、或いは懺悔の誠を致し、或いは将来の発奮努力を誓う、ここに家庭祭祀の根本義がある。

母の徳
世の中に母の徳ほど尊く懐かしいものはあるまい。
母は子を生み、子を育て、子を教え、苦しみを厭わず、与えて報いを思わず、子と共に憂え、子と共に喜び、我あるを知らぬ。夫に添うては夫をたて、夫の陰に隠れて己の力を尽くし、夫の成功を以て己みずから満足している。
夫や子が世間に出て浮世の荒波と戦っている時、これに不断の慰謝と奮励とを与える者は母である。夫や子が瞋恚の炎に燃え、人生の不如意を嘆ずる時、静かな諦観と久遠の平和とに導く者も母である。

森信三
親への孝養とは、単に自分を生んでくれた一人の親を大事にするだけでなく、親への奉仕を通して、実は宇宙の根本生命に帰一することに他ならない――。  これ籐樹先生のいわゆる「大孝」の説であり、これを今日の言葉でいえば、まさに「孝の形而上学」というべきであろう。

松下幸之助
母の愛
私は今でも、大阪へ奉公に出る息子の私を駅まで送ってきてくれた母の姿を、はっきりと心に浮かべることができる。涙で語ってくれた注意の言葉、汽車が出るまでしっかり握って離さなかった手のあたたかみ……。そのときの母の思いは、大阪へ行ってからの私の幸せ、私の健康を、言葉では言いあらわせないくらい心に念じていてくれたんだ、としみじみ感じる。
 このように、あふれるようなというか、ひたすらな母の愛というものは、今も私の心に脈々と生き続けているのであって、これまで仕事を進めてこられたのも、私の将来というものを心から祈ってくれた母の切なる願いの賜ものであろうと思っている。

後藤静香
母なき子
帰りてはまずたらちねを見しものを/いまは誰にかあわんとすらん/あわれなりあかつき深く起き出でて/いまは仕えんたらちねもなし/母なき子の/哀しいさけび/木静かならんとすれば風止まず/子養わんとすれば親在さぬものぞ

西晋一郎
親より受けた恩の有無厚薄を問わない。父母即恩である。

二宮尊徳
金言集
孝を問ふ、曰く父母に事へて我無き也。孝を問ふ、曰く父母の憂いを以て、わが憂いとなす。かくの如きは、父子一体なればなり。

夜話183
世間の親たる者の深情は、子の為に無病長寿、立身出世を願ふの外、決して余念なき物なり。されば子たる者は、其の親の心を無以て心として親を安んずるこそ、至孝なるべけれ。

吉田松陰
「親思ふ こころにまさる 親ごころ  今日の音づれ 何ときくらん」
 出典:『講孟箚記(上)』近藤啓吾 全訳注、講談社、P431より
 

   死中求活(しちゅうきゅうかつ)









追いつめられた状況にあって、助かる道を必死に模索すること。また、捨て身の覚悟で事に当たること。

絶体絶命の窮地の中で、生き延びる活路を求めること。「死中」は死を待つしかない状況。

安岡正篤
六中観
忙中有閑  忙中に掴んだものこそ本物の閑である。
苦中有楽  苦中に掴んだ楽こそ本物の楽である。
死中有活  身を棄ててこそ浮かぶ瀬もあれ。
壺中有天  どんな境涯でも自分だけの内面世界は作れる。
      どんな壺中の天を持つか。
意中有人  心中に尊敬する人、相許す人物を持つ。
腹中有書  心身を養い、経綸に役立つ学問をする。

私は平生ひそかに此の観をなして、如何なる場合も決して絶望したり、仕事に負けたり、屈託したり、精神的空虚に陥らないように心がけている。


 

   唾面自乾(だめんじかん)




顔面に唾を吐きかけられても、自然に乾くにまかせ拭かない。屈辱的場面があるが心乱すことなく泰然と構えておけという事。
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やくざに監禁されたうえ、日本刀を突きつけられて
脅されたこともあります
顔に唾を浴びせられて、ののしられたこともあります

そんなとき、自分自身に言い聞かせた言葉が
「唾面自乾」という中国の言葉です

たとえ顔に唾を吐きかけられても拭かずに、
自然に乾くまで耐えよという教えです
私は、この言葉によってずいぶん救われました
(鍵山秀三郎)
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座右の銘というのは、常に自分を引き締める語句を指すが、『唾面自乾』はとても無理だと思えるので、座右の銘で紹介するには、気が引ける言葉である。
唐の初期、中国史上で唯一の女帝、則天武后の時に狄仁傑(てき・じんけつ)という名宰相がいた。皇帝の機嫌を損うことを恐れず、正しいことを毅然と主張し通すだけの見識と胆力の持ち主であった。その人物を見抜き則天武后に狄仁傑を推薦したのが婁師徳(ろう・しとく)であった。
婁師徳、その人となりは次のようであった。背が高く180センチもあった。口は四角で、唇が分厚かった。しかし、『深沈有度量』(じっくり考え、度量があった)。人と喧嘩になりそうになると、いつも自分から謝り、けっして怒ったことがなかった。
こういった性格なので、弟が県知事(守)になって赴任するときに、嫌なことがあっても我慢せよ、と教えた。それに対して弟は、『分かりました。もし人が私の顔に唾をはいたとしても、それを黙って拭うだけにします』と答えた。婁師徳はそれに対して、『それは、だめだな。拭うと、相手を一層苛立たせるではないか。ほっとけば乾く。』

近代中国人として、アメリカで教育を受け、中国文化を広く西洋世界に知らしめた林語堂という人がいる。彼の著書『中国=文化と思想』にこの老獪さが中国文化の一大特色と述べている。
誠実さを旨として無垢な心を大切にするナイーブな日本人が、かの国と付き合うには、歴史的に彼らの本質には上の要素が根強くあり、その違いを肝に銘じる必要がある。


   捲土重来(けんどちょうらい)












一度失敗した者が新たにやり直すこと。砂を巻きあげるような勢いで、負けた者がもう一度攻めてくることをという。

一度衰えていた者が、再び勢いを盛り返してくること。「捲土」は土煙をまき上げるように勢いのすごいさま。「重来」は再び来ること。「けんどじゅうらい」ともいう。


この熟語を引用した岡崎久彦氏の文を以下に紹介します。
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2012.11.28 03:14 (最終章のみ)
議席の大幅減が予想される民主党の野田首相に対して、一詩を献じたい。
 勝敗は、兵家 期すべからず
 羞を包み、恥を忍ぶ、是男児
 民主の子弟 才俊多し
 捲土重来 未だ知るべからず 

楚の項羽が、手勢わずかに百余騎となって烏江の岸に追い詰められたとき、江岸の亭長が江東に逃れて再起するよう勧めたのを断って遂に自刎(じふん)したのを惜しんだ杜牧の詩である。「江東」を「民主」に変えた以外は原文通りである。
民主党には俊秀も多い。国政を担う才幹を持ちながら、自民党の世襲制に阻まれて民主党から立候補したが、鳩山、菅時代に、当選回数が少ないために機会を得られなかった人々である。
願わくば、野田首相は、たとえ項羽のように、最後は28騎の手勢となっても、真に国を思う人々を手元に残し、羞を包み、恥を忍んで、再起を図っていただきたい。それがお国のためである。
 



主な引用の出典
著 作 者 書 名 出 版 社  
坂村真民 『坂村真民一日一言』 人生の詩、一念の詩 致知出版社
安岡正篤 『安岡正篤一日一言』 心を養い、生を養う 致知出版社
森信三 『修身教授録 一日一言』 
『森信三・魂の言葉』 二度とない人生を生き抜くための365話 
致知出版社
PHP研究所
松下幸之助 『松下幸之助「一日一話」』 仕事の知恵 人生の知恵 PHP研究所
後藤静香 『権威』 珠玉の言葉があなたを変える 善本社
中村天風 『中村天風一日一話』 元気と勇気がわいてくる哲人の教え366話 財団法人天風会
吉田松陰 『吉田松陰一日一言』 魂を鼓舞する感奮語録 致知出版社
二宮尊徳 『二宮尊徳一日一言』 心を耕し、生を拓く 致知出版社
佐藤一斎 『佐藤一斎一日一言』 「言志録」を読む 致知出版社
洪自誠 『菜根譚』


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