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   ホーム > 言葉と制作例 > 四字熟語 21-1/2 【初心勿忘・随所作主・足下有泉・一陽来復・雲外蒼天】
 
     「言葉と制作例」 四字熟語
   初心勿忘(しょしんわするなかれ)







「四字熟語」より
初めて、何かをやろうと思ったときの、まじめな心を、忘れてはいけない、ということ。

坂村真民
初心にかえれ
思いあがってはならぬ。甘やかされてはならぬ。甘やかしてもならぬ。きびしい鞭を、いつも当ててゆかねば、とんでもない人間になってしまうのだ。 大地にへばりついて、人馬に踏まれ、それでもなお枯死せず、春になると開花するタンポポの根強さを、わが花として、わが堂名としているお前ではないか。かつて生きる力を失おうとして詩に執した、その頃の詩を、もう一度読みかえして、初心にかえれと、そう強く自分に言いきかせたりした。

初めの日に
その一
なにも知らなかった日の/あの素直さにかえりたい/いっぱいのお茶にも/手を合わせていただいた日の/あの初めの日にかえりたい
その二
慣れることは恐ろしいことだ/ああ/この禅寺の/一木一草に/こころときめいた日の/あの初めの日にかえりたい

馴れ
もっとも恐ろしいのは、この馴れ。暁天祈願も、彼岸の祈りも、馴れたら、もうおしまい。初心忘るべからずというのも、この馴れの恐ろしさを言っているのである。(中略)
ものを作る者に一番の危険は、この馴れである。湯之盤の銘に曰く日に新たに日日に新たに又日に新たなり(大学)お互い毎朝顔を洗う時、そういう心でありたい。

安岡正篤
初心を原ねる
何か生涯の大仕事をやり遂げて、そして、人生の行路も終わった、即ち「功成り行満つるの士」はその末路を見る。これでやれやれなんて思うと、老いこんでしまったり、あるいは有頂天になって弛んでしまう。その反対に、行き詰まってしまって、勢もすぼまり、意気上がらぬ、どうにもこうにもぺしゃんこになってしまった人間は、そこでへこたれず、元気であった初心を原ねるが宜しい。そうすれば、また新しく出かけることができる。


吉田松陰
●人は初一念が大切なるものにて、(中略)学問を為す者の初一念も種々あり。就中(なかんずく)誠心道を求むるは上なり。 名利の為にするは下なり。 故に初一念名利の為めに初めたる学問は、進めば進む程其の弊(へい)著われ、 博学宏詞(こうし)を以て是れを粉飾すと云えども、遂に是れを掩(おお)ふ こと能わず。 大事に臨み、進退拠(よりどころ)を失い、節義を缺(か)き勢利(せいり)に屈し、醜態云うに忍びざるに至る。
■人間は最初に心に深く思った事が大切である。(中略)学問をしようとする者 が最初に心に深く思うことは色々とある。その中でもとりわけ、人間としての正しい生き方を求めようとするのは上の部類である。有名になりたいとか、得 をするために行うのは下の部類である。 だから、有名になりたいとか、得のために始めた学問は、進めば進むほど、弊 害が現れる。それを広い学識や高尚な文章で飾っても、これを覆い隠すことは できない。また、大切な事態に際しては、自分の進退のよりどころを失い、節 義を欠き、権力や利益に屈してしまう。そして、その見苦しく恥ずべき様子は、口にすることさえ忍ぶことができないまでになってしまう。

洪自誠 「菜根譚」
●事窮勢蹙之人、当原其初心。功成行満之士、要観其末路。
○事窮(こときわ)まり勢い蹙(ちぢ)まるの人は、当(まさ)にその初心を原(たず)ぬべし。功成り行(おこない)満つるの士は、その末路を観んことを要す。
■仕事が行き詰まり、とことん形勢が悪い人は、その初心が何であったかをもう一度検討しなおすべきで、成功してこの世の春を楽しんでいる者は、その行く末を考えなければならない。つまり、活人は、「折角」という言葉を使わず、惰性に流されない。
 

    随所作主(ずいしょさくしゅ)















ずいしょにしゅとなる、と読む。どんな仕事につくにせよ、その主人公になった気持ちで勉励すれば、必ず道が開けて正しい成果が得られるという教え。
(この句に続くのは、立処皆真、たつところみなしんの四字がある。どんな場所・立場にあっても必ず正しい結果がもたらされる、の意味。)
幾多の困難の中で支えになるのは最終的には自分自身である。自分が、状況を打開しないでいて、挫折するがままでは自己放棄だ。障害を一つ一つ自分の手でクリアしていくしかない。「自らを燈明とし、自らを拠り所とせよ」と釈尊も言われている。
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曽野綾子
すべての人生のことは「させられる」と思うから辛かったり
惨めになるので、「してみよう」と思うと何でも道楽になる。

安岡正篤

「独」というものは人の世から離れた、さびしい隠者のひとりという意味ではなくて、「絶対」という意味だ。「独立」というものはなんら他に依存せず、自分自身が絶対的に立つということだ。

人は環境を作る
環境が人を作るということに捉われてしまえば、人間は単なる物、単なる機械になってしまう。
人は環境を作るからして、そこに人間の人間たる所以がある、自由がある。即ち主体性、創造性がある。だから人物が偉大であればあるほど、立派な環境を作る。人間が出来ないと環境に支配される。

自修自立
理想精神を養い、信ずるところに従って生きようとしても、なかなか人は理解してくれないし、いわゆる下流だの凡庸だのという連中は往々にして反感を持ったり、軽蔑したりする。
そういう環境の抵抗に対して、人間が出来ていないと、情けないほど自主性・自立性がなくって、外の力に支配される。
けれども本当に学び、自ら修めれば、そして自らに反って、立つところ、養うところがあると、初めてそれを克服していくことができる。

森信三
「随処作主」とは、人はどんな境遇の中にあっても、リンリンとして生きてゆける人間になることでしょう。

「一剣を持して起つ」という境涯に到って、人は初めて真に卓立して、絶対の主体が立つ。甘え心やもたれ心のある限り、とうていそこには到り得ない。

松下幸之助
主座を保つ
指導者というものは、どんなときでも、自分みずから、“このようにしよう”“こうしたい”というものは持っていなくてはならない。そういうものを持った上で他人の意見を参考として取り入れることが大事なのであって、自分の考えを何も持たずして、ただ他人の意見に従うというだけなら、指導者としての意味はなくなってしまう。
要は指導者としての主体性というか主座というものをしっかり持たなくてはいけないということである。主座を保ちつつ、他人の意見を聞き、ある種の権威を活用していく。そういう指導者であってはじめて、それらを真に生かすことができるのだと思う。

成功のコツ
よい会社だと思って入った会社でも、一から十まで何もかもいいとは限りません。ときには欠点もあるでしょう。しかしそれをはじめから“こんな会社はあかん”と決めてかかるか、それとも“どうもこの点だけはよいとは思わないが、これは自分の問題として改善向上させていこう”という熱意をもって当たるかによって、対応の仕方が全く変わってくるでしょう。
“よし、自分の会社をいまよりもっとよい会社にしてやるぞ”という意欲を持ち、すべてのことを前向きにとらえる姿勢を持つ人は、信頼もされ、頼もしい社員として嘱望されるでしょう。成功のコツはそのようなところにあると思うのです。

後藤静香
見方
人生は面白くないという/面白くないことばかり/探しているのだもの/人生は思い通りにならぬという/万人の思い通りになったら大変だ/人間はわるいもの/つめたいものという/つめたいところばかりに/ふれているのだもの

徳業
命ぜられたことをする/囚人も同様である/引きずらるれば/牛も馬も車をひく/頼まれたこと以上が人間の領分/役目以上が徳業の世界である/仕事は一段上をゆけ/席次は一段下につけ/自由を求むる人の子よ/なんぞ徳業の自由に生きざる

中村天風
人生の主人公
二度と生まれ変わることのできない人生に生きているこの刹那刹那は、自分というものがいつも、人生の主人公でなければならない。

心に使われるな
意志の力の煥発が不十分だと、そのできごとに対応する「心」の操縦が完全にできなくなり、反対にそのできごとに「心」がとらわれて、正当な判断や断定が結局不可能となる。これはつまるところ、使うべき「心」に使われてしまうという、不合理な、憐れな結果である。

洪自誠 「菜根譚」
後集127項
●人生原是一傀儡。只要根蒂在手。一線不乱、巻舒自由、行止在我。一毫不受他人提掇、便超出此場中矣。
○人生は原(もと)是れ一の傀儡なり。只根蒂(こんてい)の手に在(あ)るを要す。一線乱れず、巻舒(かんじょ)自由なれば、行止(こうし)我に在り。一毫(いちごう)も他人の提掇(てつてつ)を受けざれば、便(すなわ)ち此の場中(じょうちゅう)を超出(ちょうしゅつ)せん。
■人間はもともとあやつり人形のようなものだ。ただし、その根元は自分で握っている必要があり、糸の一本も乱さず、自由自在に巻いたり伸ばしたりしていれば、行くも止まるも自由自在に自分の意志次第となる。他人の干渉を少しも受けなければ、身は俗世にあったとしても、心は俗世を超越できるだろう。

前集91項
●天薄我以福、吾厚吾徳以迓之。天労我以形、吾逸吾心以補之。天阨我以遇、吾亨吾道以通之。天且奈我何哉。
○天、我を薄くするに福を以ってせば、吾、吾が徳を厚くして以って之を迓(むか)えん。天、我を労するに形を以ってせば、吾、吾が心を逸して以って之を補わん。天、我を阨(やく)するに遇(ぐう)を以ってせば、吾、吾が道を亨(とお)らしめて以って之を通ぜしめん。天も且つ我を奈何(いかん)せんや。
■天が私にわずかな幸福しか与えないなら、私は私の徳行を高くすることで対処しよう。天が私に苦労を与えるなら、私は私の心を鍛えあげて調和させよう。天が私に災いに出合わせるなら、私は私の信じる道を貫いて天に通じさせよう。例え天であれ、私の信じる道に対し何も出来ない。つまり、どんな境遇や状態でも、自分の信じる道を貫こうといこと。

前集119項
●当恕火慾水正騰沸処、明明知得、又明明犯着。知的是誰、犯的又是誰。此処能猛然転念、邪魔便為真君矣。
○恕火慾水(どかようすい)の正に騰沸する処に当たりて、明々に知得(ちとく)し、又、明々に犯着(はんちゃく)す。知るところ、是れ誰ぞ。犯すところ、又、是れ誰ぞ。此の処、能(よ)く猛然として念を転ずれば、邪魔、便(すなわ)ち真君(しんくん)と為らん。
■怒りの火と欲望の水が、正に沸き立つ場面では、解っていてもミスを犯してしまう。解っていてもミスを犯してしまうのは何故だろう。この点についてしっかりと考えて、発想を転換すれば、ミスを犯した心が、正しい行動をする心に変身するだろう。つまり、業が深い人間は、意識転換すれば、悟りも大きいということ。

前集182項
●忙裡要偸閒、須先向閒時討個欛柄。閙中要取静、須先従静処立個主宰。不然、未有不因境而遷、随事而靡者。
○忙裡(ぼうり)に閒(かん)を偸(ぬす)まんを要さば、須(すべか)らく先ず閒事(かんじ)に個の欛柄(はへい)を討(たず)ぬべし。閙中(どうちゅう)に静を取らんことを要さば、須(すべか)らく先ず静処(せいしょ)より個の主宰を立つべし。然(しか)らざれば、未だ境(きょう)に困りて遷(うつ)り、事に随(したが)いて靡(なび)かざる者有らず。
■忙しい時に閑をつくりたいと思うなら、先ずは閑な時に少々のコツを見つける努力をしなさい。
忙しい時に静けさが欲しいなら、先ずは静かな所で主体性を獲得しておかないと、必ず環境や状況に振り回され主体性を失う。つまり、これも本質的には「坐禅の奨め」であり、ゴールは随所で主となれ、ということ。

後集66項
●心地上無風濤、随在皆青山緑樹。性天中有化育、触処見魚躍鳶飛。
○心地(しんじ)の上に風濤(ふうとう)無くば、在(あ)るに随いて、皆青山緑樹(せいざんりょうじゅ)なり。性天(せいてん)の中に化育(かいく)有らば、処に触れて、魚躍り鳶(とび)飛ぶを見る。
■心に波風が無ければ、どこに居ても山々と緑なす木々に囲まれているよなものだ。本性を教育できる術があれば、魚が飛び、鳶が大空を舞っていつようなものだ。つまり、心とは何としても扱い辛いし、教育し難いものだ。

後集116項
●無風月花柳、不成造化。無情欲嗜好、不成心体。只以我転物、不以物役我、則嗜慾莫非天機、塵情即是理境矣。
○風月花柳無くば、造化を成さず。情欲嗜好無くば、心体(しんたい)を成さず。只我を以て物を転じ、物を以て我を役(えき)せざれば、則ち嗜慾(しよく)も天機に非ざるは莫(な)く、塵情(じんじょう)も即ち是れ理境(りきょう)なり。
■風や月や花や木々という移ろい変化する物が無ければ、自然は成り立たない。感情や欲望、好き嫌いが無ければ、人間の営みは成り立たない。あくまでも、自分が主体となって物事に関われば、感情も人間として自然な要素で無い事は無く、世俗にあっても理想郷に生きることができる。つまり、人間は自分を取り囲んでいる物事に振り回されていれば理想郷に在っても俗世間といるように心は乱され、自分が主体となって物事に影響を与えていれば俗世間に居ても理想郷にいるのと同じことだと言っている。


 

   足下有泉(そっかゆうせん)




ゲーテ曰く「汝の足下を掘れ。そこに泉が湧く」と。汲んでも尽きることのない興味の対象が身近に存在するということ


安岡正篤
人間の根本問題
「君子入るとして自得せざるなし」-----自得ということは自ら得る、自分で自分をつかむということだ。人間は自得から出発しなければならない。金が欲しいとか、地位が欲しいとか、そういうのはおよそ枝葉末節だ。根本的・本質的にいえば、人間はまず自己を得なければいけない。本当の自分というものをつかまなければならない。 ところが人間いろんなものを失うが、何が一番失いやすいかというと自己である。人は根本において自分をつかんでいない。空虚である。そこからあらゆる問題が起こる。 人間はまず根本的に自ら自己を徹見する、把握する。これがあらゆる哲学、宗教、道徳の根本問題である。

森信三
力というものは、一たんその気になり、決心と覚悟さえ立ったら、後からあとからと無限に湧いてくるものです。 それはちょうど、井戸に水の湧くようなもので、もう汲み出してしまったと思っても、いつの間にやらまた溜まっているようなものです。

松下幸之助
みずからをつかむ  
人それぞれに顔、かたちが違うように、人間は誰しも、一人ひとり違った素質、才能を持っている。ただそれらは、顔を鏡にうつすごとくには表面に出にくい。  しかし、そういう自分の素質とか才能というものを自分でハッキリとつかみ、そしてそれを日々の活動に、ひいては人生に生かすことができたら、どれだけ人間としての喜びに満ちた生活が営まれ、人生の妙味というものを味わうことができるだろうか。  一人ひとりが他と違ったものを持ち、そして日々新たに発展していく。そこには苦しみもあろうが、何物にもかえがたい喜びもあるはずである。

後藤静香
水脈
人間が本物にならぬのは/自己の掘り方が足りないからである/掘りに掘れ/わが内なる生命の水脈まで掘りつけよ/水はいくらでもふきあがる/しかもその水脈は人類共通の源泉である/かくして/自己を徹底させるための努力が/万人救済(ばんにんきゅうさい)のかぎを発見する/人類のうちに深い根をおろせば/本物になる

深さ
深さのない生涯はさびしい/カントはその町以外に/ただ一歩も踏み出さなかった/キリストの伝道区域は/わずかに方二里であった/あえて問う、活動とはなんの謂いぞや/あれをみよ深山の奥に花ぞさく/まごころつくせ人知らずとも/人生は広さよりも深さである

深いさびしさ
深いさびしさを味わうとき/人間相互の親しみが深くなる/同じ列車の乗り合いでさえも/なつかしい/誰をみても/たましいが、どこかで/結ばれあっているように感じる/他人らしくしていることが/ふしぎに見える/さびしいたましいは/ひとり威張ってはいられない

大したこと
活かしきった一生からは/大したことができる/深い井戸の水のように/くめばくむほど湧く/雪だるまのように/ころがせばころがすほど/大きくなる/何ほどのことも出来ないのは/完全に/活かしきらぬからである

中村天風
つまらない考え方
心の弱い卑怯な人になると、「なにか自分には運命が向いていない」だとか、「世間がまだ本当に認めてくれない」だとか、もっとあきれたやつになると、「整備が整っていない」だとか、「誰々が手伝ってくれない」とか、何かうまくいかない時に、自分以外のもののせいにする人がいますが、とんでもない了見違いですよ。 やれ運命がつまらないの、人生がつまらないのって人は、その考え方がつまらないんです。いいですか、幸福も健康も成功も、ほかにあるんじゃないんですぜ。あなた方自身の中にあるんだぜ。
 

   一陽来復(いちようらいふく)




冬が終わり春が来ること。また不幸が終わり幸いがくること。陰暦十一月の冬至に陽の気が生じること。

物事が回復すること。春の兆し。「一陽」は春の初めの気配。「来復」は再びやって来ること。よくないことが続いた後に、よいことがめぐってくる意。

坂村真民
闇と光
闇深ければ/光もまた強し

後藤静香
尽きせぬ喜び
「夜は夜もすがら/なげき悲しむとも/朝(あした)には悦び歌わん」/どのような暗い夜にも/きっと明るい朝が来る/あさ日はのぼる/鳥は歌う/「憂いの雨は夜のまにはれて/つきせぬ悦び/あさ日とかがやかん」

村雨
わざわいが/通りすぎてゆく/村雨のように/通りすぎてゆく/  
急がずばぬれざらましを旅人の/あとより晴るる野路の村雨/  
わざわいは過ぎてゆく/心しずかに晴れをまて

洪自誠 「菜根譚」
後集111項
●草木纔零落、便露萠穎於根底。時序雖凝寒、終回陽気於飛灰。粛殺之中、生生之意、常為之主。即是可以見天地之心。
○草木(そうもく)纔(わずか)に零落(れいらく)すれば、便(すなわ)ち萠穎(ほうえい)を根底に露(あら)わす。時序(じじょ)は凝寒(ぎょうかん)と雖(いえど)も、終(つい)に陽気を飛灰(ひかい)に回す。粛殺(しゅくさつ)の中に、生々の意あり、常に之が主となる。即ち是を以て天地の心を見るべし。
■草木の葉が枯れ落ちると、そこには既に春の芽生えが始まっている。
凍てつく寒さが来れば、陽気の訪れも遠くない。草木を枯らす厳しい力が働くと、これを生き生きと成長させる生命の力が働き、この陰陽は循環する。即ち、これらの自然の営みに、大自然の心を知ることができる。
 


   雲外蒼天(うんがいのそうてん)




雲外蒼天 うんがいのそうてん
困難を乗り越え、努力して克服すれば雲から抜け出て快い青空が望める、素晴らしいことがあるという意味。絶望してはいけないという激励の言葉。

中村天風
あなた方ねえ、苦労したり、悩んだり、人を憎んだり、怖れたり、悲しんでいるとき、気持ちいいですか。あんな嫌な気持ちをなぜ心にさせるんだ。喜ばしてやれ。しじゅう楽しく考えさせてやれ。それが心に対するあなた方の義務だぜ。 暗い方面から、嫌な方面から人生を考えりゃあ、世の中に明るさ、何にもないわ。暗かったら窓を開けろ。光がさしてくる。

吉田松陰
●黄霧四塞すといえども、上に蒼天なきに非ず。
■黄色の霧が天地四方を閉じ込める、と言っても、その上に青空がない訳ではない。転じて、何らかの事情で、志がすべて閉ざされたとしても、天の神様がいらっしゃらない訳ではない。(いつの日か、必ず助けてくださる。)
 



主な引用の出典
著 作 者 書 名 出 版 社  
坂村真民 『坂村真民一日一言』 人生の詩、一念の詩 致知出版社
安岡正篤 『安岡正篤一日一言』 心を養い、生を養う 致知出版社
森信三 『修身教授録 一日一言』 
『森信三・魂の言葉』 二度とない人生を生き抜くための365話 
致知出版社
PHP研究所
松下幸之助 『松下幸之助「一日一話」』 仕事の知恵 人生の知恵 PHP研究所
後藤静香 『権威』 珠玉の言葉があなたを変える 善本社
中村天風 『中村天風一日一話』 元気と勇気がわいてくる哲人の教え366話 財団法人天風会
吉田松陰 『吉田松陰一日一言』 魂を鼓舞する感奮語録 致知出版社
二宮尊徳 『二宮尊徳一日一言』 心を耕し、生を拓く 致知出版社
佐藤一斎 『佐藤一斎一日一言』 「言志録」を読む 致知出版社
洪自誠 『菜根譚』


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